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日本

【プロデル】連なったノードを作っていく日本語コード

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    ツリー1というツリーを作る

    ツリー1の透明色を紫色に変える

      その大きさを{200,200}に変える

    ツリー1に、「あ」を追加する

    ツリー1のあに、「い」を追加する

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https://rdr.utopiat.net/docs/reference/wincontrol/treenode.htm

のページの一番下


 もう少し簡単にすると、


・ ツリー1というツリーを作る

・ ツリー1に、「あ」を追加する → ツリー1のあに、「い」を追加する → (同じように)


 ノードに、何かを見て判断する機能と、別なノードを作る機能を持たせればノードが生きたものに感じられてくる。 目と手を持たせる。 キャラクターの原型である。

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プロデルでノードグラフなデザイン

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 線のところはペインの地に差し込んだ背景画像です。 ノードはボタン。 プロデルの使い方はVBと同じ。

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日本語プログラミング言語「プロデル」でフォルダーツリーを作る。 フォルダーツリーもノードグラフである。

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http://rdr.utopiat.net/docs/onepage/onereference.html#treeview



・ 日本語によってノードベースが生成される。

・ ノードのところに日本語プログラミング言語でのオブジェクトやプロシージャを置いてもいい。

・ このフォルダの連なりが動くと見ればキネマティクス。

・ プロデルでノードグラフを作ってもいい。

● TTSneoも日本語プログラミングツール。 プロデルはTTSneoの進化版。


● プロデル  VB6ライクな日本語ブログラミングツール

http://rdr.utopiat.net/vsttsneo.html

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日本語プログラミング言語「プロデル」

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http://rdr.utopiat.net/docs/onepage/first.html

 これとノードベースを合わせれば面白いのではないか。


● コードサンプル


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日本の神社の数は8万社以上でコンビニより多い

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 これだけの神社があるのに経典は一冊もな ーー い。

 外国人はこのことにすら気づかない。 まー 日本人でも気づいていない人はたくさんいるけど。 それでも日本人なら、経典がないかわりに道があって、道を実践することが教典の内容を実践することの代わりになってる、と言えばすぐに理解する。


 「初めに言葉ありき」という文化(宗教)とは逆の文化やから、日本は。



 「初めに言葉ありき」が絶対で、そのあとに行動がくるというこの順序も絶対なら、「言ってることとやってることが違う」とはならない。 常に(絶対に)言葉が最初にくるのだから行動は必然的にその言葉を担保するものとなる。

 「愛が大切だ」と最初に言葉を立てたなら、次にくる行動は「大切な愛を守るために銃を構える」となる。 これを第三者の視点で見たなら、口では愛を唱えながら手には銃を持っている姿となる。

 こんなの日本人には理解できませ ーー ん、だ。

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世界空手選手権、清水希容 vs サンティー スコード 形(カタ)対決

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https://www.youtube.com/watch?v=ImSOAXYDuis


 巫女舞いと空手を見るだけでも十分 日本を感じるよ。 2つだけで お腹いっぱいだわ。


 面白いなー、フランスと日本の形対決。

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いや、次は東北からか..

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 ある予言動画によると、東北に世界的な宗教家が生まれるらしい。 (すでに生まれていて今は子供か若者)

 東北と言えば縄文人のDNA。 縄文 → 神道 → 世界 ?


 いや、宗教家と言えば 天皇陛下も神主で宗教家。 紀子様の末っ子が何か東北の影響を受けて影響力ある人になるのかも。

 考えすぎか..

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神道には聖書やコーランにあたるものがない、その代わりに 「道」 がある

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 「道」の中の「型」はルーティーンでありメソッドである。 それが経典の代わりをする。 型を実践し、体験することで(経典を読むように順番に) 体が何かを感じ、何かを体得する。 その体得したものをもって神道の教えとする。 神道はそうゆう発想をする宗教なのである。

 それは盆栽であってもいい。 盆栽は単なる造形ではない、盆栽は木々との対話である。 葉っぱや枝を刈る行為の中で自然と対話し、その中で何かを感じ 何かを体得する。 それをもって神道の教えとする。 (盆栽神社あります、木の神を祭っている)

 神道とは、そうゆう発想とからくりを持った宗教なのであります。



 そもそも 聖書を読んだとしても その内容をどれだけ自分のものにできるかは分からない。 だったら実践から入って そこで掴んだものを真の内容とする。 そうゆう発想です。

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アメリカ人、「日本人を知るための近道ってありますか?」

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 あります。 日本人と戦うといい。 空手、柔道、剣道、弓道、太鼓、何でも、ちょっと習って道場で戦ってみればいい。 そうすればすぐにわかる。

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AIに負ける途中にいる我々はどうすればよいのか

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 命の総量を増やせばよい。


 ミドリ虫を増やし、魚の餌となるプランクトンを増やし、マグロを増やし、ウナギを増やし、植物工場で野菜 トマト イチゴを増やす。

 そして、遺伝子組み換えカイコ、スパイバー、セルロースナノファィバー。


 命にまつわるものや生命科学由来の素材、そういったものを増やすことに情熱を傾ければよい。 一言で言うなら 「情熱をもって育てる」 である。


 ひょっとすると、こうして命を増やすことに情熱をもって取り組んでいると自然と人口が増えてくるかもしれない。 (命は不思議なもので)


 次の大阪万博のテーマは生命科学やから。 負けたあとどうするかの準備は着々と進んでおります。


 日本は負ける、強く負けるのであります。 そして 命の力で復興するのであります。


 今の知力が死んで、命が芽生える。 芽生えた命が成長する中で別の知性と知力が育つ。 死と再生のドラマ、命の不思議なのであります。

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われわれは負ける

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 AIが発展して社会に浸透していく過程は、人の知力が負けていく過程でもある。

これから負け戦(いくさ)が始まる。


 日本は大丈夫なのか、大丈夫じゃないのか...

 大丈夫である。 日本は大負けを体験している、そして 負けた後どうするかも知っている。 「強い気持ちのまま負ける」 という負け方を知っている。


 「強さ」 とは。 勝てば強くて、負ければ弱い、のか。 そうじゃない。 勝負の行方と強さを求める姿勢とは別物だ。 日本人は日頃から「強さとは」を問い、肉体を鍛え、勝負においては 「強く負ける」 という負け方を選ぶ民族なのである。


 われわれは負ける。 負けることを知っている。 そして、負けたあとどうするのかも知っている。



 「この戦いにおいて、いったい我々のどこに恥ずべきところがありましょうか !!」

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http://x3ru9x.sa.yona.la/14382

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 膨張圧力 & 外方ベクトルな中国のような国は、力が外に向かうから国内の文化が希薄になるのではないか。

 国民の感覚が自国を深堀りするような内向きになると文化の味は濃くなる。(個性化する)


 鎖国時代の遺産が日本をAIから守る。 日本は AIに耐性をもちつつ、AIとなじむ。


 個性、アイデンティティーがしっかりしていないと AIへの耐性力は付かない。 AIに押されて流されて、自分をゆだねてしまう。

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鎖国

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● 1639年から1858年まで。 鎖国していいた期間全部を江戸時代と見ていい。


 1639年から100年間、鎖国政策が徐々に進められた。 100年経って鎖国が完成した。  それから200年間 完全に鎖国。 そして 1854年 ペリーが来航して鎖国は終わった。


● 本居宣長 「古事記伝」

 1764年(本居宣長 34歳)に起稿し1798年まで書いた。 版本としての刊行は1790年から宣長没後の1822年にかけてである。

 鎖国が完成した1700年代(江戸時代のちょうど真ん中ごろ)に古事記伝は書かれた。



 鎖国中、日本人の知的好奇心のベクトルは内側に向かった。 古典を研究したり、地域の食文化が深まっていった。 → 日本が個性化していった。

・ 「古事記伝」 ウィキ - http://bit.ly/2r20CY5


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 宣長は『古事記』の註釈をする中で古代人の生き方や考え方の中に連綿と流れる一貫した精神性、即ち『道』(古道)の存在に気付き、この『道』を指し示すことにより日本の神代を尊ぶ国学として確立させた。

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 「道」 の精神性をはっきり表したのはこのとき。 本居宣長はバリバリの保守派である。

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尖閣諸島の位置の見当のつけ方

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 「台北と那覇の間の1/3」 と覚える。


 島がどこにあるか分からずイライラしていた。 これで少しは見当がつく。


● 大きく見た地図


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Vue画像の加工

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 日本画風。 「菩提樹の木陰で瞑想しているブッダ」 を題材にするといいかもしれない。

● 元画像

● 元ページ

http://neanderdigital.deviantart.com/art/Pixie-By-A-Stream-396234274

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コペンハーゲンの桜祭り

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 なんだ これは..  盆踊りか..

● 近くからの撮影

https://www.youtube.com/watch?v=ZihD_JUSjKU

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日本人が食器を作ったのは1万6千年前

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 縄文時代。 これは世界最古。 中国、メソポタミアより古い。 食器の厚みは 5mm。  1万6千年前には食べ物を器で食べていた。



 「アメリカ人がアメリカで食器を使って食事するようになったのは 200年前ごろから。」

言葉の上の理屈としては間違っていない。 (アメリカの歴史は200年だから)

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日本統治時代、江戸時代は韓国人の過去の歴史でもあった。 (日本人だったので)

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 統治が続いていれば、李氏朝鮮の歴史はアイヌの歴史のような扱いになっていた。

ここから言えることは、自分にとって大事なのは郷土の歴史であって天皇の歴史ではない、ということ。 九州の人は九州の歴史、四国の人は四国の歴史が一番大事。 天皇の歴史はその次。


 アイヌ文字がお土産物の装飾になってしまったように、ハングルもお土産物の装飾になっていた。 韓国人の "恐れ" はそのへんにあるのではないか。 近代化によって、自分達の "あのころ" が消えていく怖いほどのロスト感、韓国人はそのことにゾッとした。


 沖縄も同じなのではないか。 「うみんちゅ」 という言葉が土産物の装飾になってしまっている。 元々は沖縄人のアイデンティティーを表すような言葉だった。


 歴史問題を過去に辿ると 「アイヌの悲しみ」 に行きつくのではないか。

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「ゴッド」 が唯一絶対なら翻訳もできない、ゴッド は ゴッド、一つだけ。

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 「神」 と翻訳してしまうと、日本の神とか いろいろ含まれてくる。 「GOD」 これ一つだけ。

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「エッセンスを吸収する」 = 「煎じて飲む」

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 透明感ある 対 透明感ない あってもにごりがある

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