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二枚舌ならぬ、二枚神(にまいがみ)

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● タイの人と向き合うときは仏教をもってくる。

● 中国人 韓国人と向き合うときは神道をもってくる。


 これは大昔の日本人が考え出した知恵。 二枚舌ならぬ、二枚神(にまいがみ)。

日本人は人として二枚舌なんか使わない、首尾一貫している。 ただ神様の方が二枚神なんだと。


 そして、この切り口から天皇を見ると 天皇がまた違って見えてくる。 (← ここは つづく)


 仏様と神道の神様はどうゆうふうに住み分けているのか? いや 住み分けているというより、どうゆう世界(観)になっているのか?  ここは広大なグレーゾーンで 突っ込むとものすごい謎がある。


 まぁ一つの考えとしては、人からのアクセス(アクセスの動機、アクセスのルート) によって向こうの構造が変わる動的な構造世界。 何かの動機によってアクセスしようとした瞬間、構造が出来上がる。

 仏 + 神道の神世界構造は固まった世界じゃない。 なぜ固まったものではないのか?  それは神様(仏も神道の神も) が物忘れするから。 自分のポジションや序列をときどき忘れてしまうので固まった世界じゃない世界になっている。

 で、そこに人から呼び出しがかかって、神様たちは思い出したかのようにヒューと集まってきて最適な構造を作る。

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Re: 二枚舌ならぬ、二枚神(にまいがみ)

元寇

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 鎌倉幕府ではこのような危機を前にして、この年の3月に北条時宗が8代執権に就任した。

 当時の外交担当は朝廷であったため、幕府は朝廷に国書を回送した。 朝廷と幕府の仲介職である関東申次の西園寺実氏は幕府から国書を受けとると、院政を布く後嵯峨上皇に「異国のこと」として提出した。 蒙古国書への対応を巡る朝廷の評定は連日続けられた。

 幕府では蒙古人が凶心を挿んで本朝(日本)をうかがっており、近日牒使を派遣してきたとして、蒙古軍の襲来に備えて用心するよう御家人らに通達した。 鎌倉の建長寺などには南宋より禅僧が渡来しており、これらの僧侶による進言や、大陸におけるモンゴル帝国の暴虐などの報告もあったとされる。

元寇 - Wikipedia


(天皇のこと つづき)

>> 当時の外交担当は朝廷であった <<


 天皇が外交官、というわけじゃないけど、南宋あたりからの僧や職人を受け入れて歓待するのは朝廷(天皇)だった。 (それは今でも外交行事としてやっている)


 それが明治維新では王政復古の大号令で権力のトップになった。

この変化は外からの脅威による変化だった。 つまり、天皇は国を守るための人柱として立てられた。 なぜこうゆうふうに天皇を立てる形なのか? それはこの形が中国人、異人が一番 違和感を感じて嫌がる形であることを当時の日本人はよくわかっていたから。 ある意味、一つの知恵であった。 (国の民 全員が天皇をトップに立てるこを心から求めたわけじゃない、というのが自分の見方)


 P.S. 元寇でも 明治維新でも一番戦って変革の原動力となったのは九州の人。 (長州 薩摩)  大阪人でも東京人でもない。

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