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弓道は立ってやる禅

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 人を狙ってはいけないから 的は単なる的として決まっている。 的が決まっているがゆえに狙う側の内面は自由。

 心を的と自分との距離よりもっと広いところにおけば的と自分との距離は短くなる。 短くなれば簡単に当たる。

 当ててやろう 当ててやろうと思って狙いをつける練習をしているのではない。 的と自分とか一点一体になるところまで近づける練習をしている。

 それが ↓ の藁の的の意味。 距離が短ければ当たり前のように当たる。 だから、的と自分とを近づける練習をする。 もっと言えば、的と自分とが宇宙の中の一点となる練習をする。(一点となって宇宙の中の自分の座標を知る) だから禅。

 弓を遠くに飛ばせるように筋トレしているのではない。


 矢を離した瞬間、的に当たる、その一瞬、その宇宙の中の一点を得ようとすることが狙いを定めるということ。

 狙いを定めて何を得るのか。 それは凝縮された一瞬の間。

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Re: 弓道は立ってやる禅

(つづき) そして、「凝縮された一瞬の間」、とは 「直観」

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・ 弓道とは直感力を養うメソッドである。

・ 弓道は直観に価値を置き、直観を信ずる。


 矢をビョンッと放った瞬間が 「あっ !! 」 (気づき、ひらめき)。

 トーンと的に当たって 「うんっ 」 (そうか、そうだな の確認)。


 あうんの間。 あうんの呼吸。

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 実際、身体能力の面から考えてみても、視力4.0 のマサイの戦士が弓道場に立てば視力1.0 の人より4倍よく見えている(近くに感じている)。

 視力だけじゃなくその日の体調なんかも入れれば、的との距離は一人の人の中でも変わる。

 体調の悪いとき 直観は冴えないし 閃(ひらめ)かない。


 心技体を整えて、直観力を養うメソッド = 弓道。

投稿者 x3ru9x | 返信 (0)

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