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そろそろ「Apple Watchのバンドにつける何か」が出てきてもいい頃。 |
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思考の泡 |
だってさ、あのバンドがApple Watchとつながる部分は規格化されてるわけで、サードパーティ製のバンドも出るんでしょう。
だったら、「Apple Watchバンド互換の、ウェアラブルな何か」を発表する人が出てきてもおかしくないんだけど、出ませんね。
あのバンドでAndroid使ったっていいんだし、わかんないけどピルケース付けて飲み忘れ防止とか、なんならApple Watch同士を連結するパーツを作ってApple Watchばかり6つくらい繋げてブレスレットにしたっていいんです。これは誰かそのうちやると思う。
Re: やはり、か、、、
買いも買ったり。 |
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あー、とうらぶもやってたんですか。異様に女性が多かったのでちょっと疑問に感じていたのですが納得です。国際展示場前駅で降りた時点での『混み具合』だけならコミケ級でした。まぜるな危険。
で、すみません。今日はゲムマ目当てで行った為、連れ添った友人二人の意向でコミティアには行けませんでした。っていうか、iPhoneの画面だと#eeeeeeに気がつけなかった・・・帰ってきてからorz状態。もうっ、もうっ。
以下、ゲムマでの話。
毎回思うのですが、イベントの特徴として比較的外国の方が多い気がします。試遊台で面白そうなゲームを目にして立ち止まっていると、ブースから売り子さんがインスト(非電源ゲーム界隈用語で、インストラクトの略。初心者へのルールの落とし込み)に来てくれたのですが、この方が台湾からいらしていて、有無を言わさず英語でのご案内。海外旅行でよく街中で突然(会話能力の確認をされずに)列車の時間や道を尋ねられることがあり『とりあえず話しかけてみる』という彼の地での文化?的土壌を感じるのですが、日本にいながらあの感覚を久しぶりに味わいました。とりあえず話す。だめなら諦める。謙虚さを差し置いたトライ&エラー精神、みたいな。
ちょっとまえに話題になった枯山水も販売されていたのですが、購入した金髪の長身女性がすごく嬉しそうにあの禿パッケージを両腕でガッツリ抱きかかえている姿を見て、絵面的に見ているコチラが微笑ましくなったり。ルールさえ理解すれば言葉が通じなくても遊べるのはゲームだからこそ。いや、話せた方がいいですけど。
今回、自分が目当てのひとつにしていたのがママのかんびょう!。
風邪をひいたママの代わりに子供の立場になってお願い事を引き受ける、というコンセプトのボードゲームで、「小さいお子様だけでも遊べるフレンドリーなゲームシステム」も売りのひとつ、らしいのですが・・・・凶悪なパッションピンクのパッケージと、パジャマ姿で熱に頬を赤ら...
もちろん購入したのですが、流石に持って帰っても遊ぶ機会がないので、3歳児のいるその友人に「あとで遊びに行ったときにプレイするから...押しつけ保管をお願いしました(写真に無いのはその為)。
どっちも寄れるのはいいけど、 |
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コミティアとゲムマの同日・同会場開催で結構な混み具合。
うーん。
会計監査員的な。 |
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新製品における『コンセプト』やら、アニメやゲームにおいての『シナリオ』やら、金のかかった大きなプロジェクにおけるその『根幹部分』で、実際に販売・放送されてみると「いや、それそもそもコンセプト(やシナリオ)がどう考えてもダメだろう。」ってのがあるじゃないですか?
あれ、まず「何故、それでイケると判断してしまったのか?」っていうのと、「何故、誰も止められなかったのか?」っていう二重の欠陥故だと思うのです。たぶん、プロジェクト内のヒューマン・パワーバランスに寄るところが大きいだろうなぁ、とか推察。
で、会計業務の不正を許さない会計監査の立場的な、ダメなものに対してダメってはっきり言える環境作りって難しいものなんですかね?会計業務はコンプライアンスの問題ですからガイドラインはっきりしてるのでセーフとアウトが明確ですが、前述の『根幹部分』に関しては海の物とも山の物ともつきませんから判断が難しい。
でもビジネスである限り『お客様視点』での判断は絶対に不可欠で、その『お客様視点』には、多分に『常識的』とか『整合性』とか、保守的な判断要素が含まれます。超えちゃいけないライン。たとえば、キュウリ味のコーラはセーフ。意外性はあっても、ニーズ開拓の余地があるから。でもこれがトンスル味だったら常識的に超えちゃいけないライン。極々、部分的で単発的な売り上げしか見込めない。非常識だから。
で、ここまでグダグダ書いてきて何が言いたかったかと申しますと、製品寿命を経過すると殺人を始めるアンドロイドの販売を行政が許可しますかね?ヒューマンドラマでトンデモ設定やっちゃアカンやろ・・・・
http://gt7u9x.sa.yona.la/1512 |
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後戻りできないゲームが嫌いだった
http://gt7u9x.sa.yona.la/1510 |
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昔から本のタイトルとかキャッチコピーに拘りがあったよな
多分ふつうの言葉が、意味を正しく伝えるためにあるのに対して
そういうのは必ずしも特定の意味を伝えようとしていなくて、各人の想起に任せるような、
触媒みたいなあり方が面白かったんだろうな
http://q7ny3v.sa.yona.la/2185 |
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小学校高学年になるというのに母親の横でいつまでも寝てはいられません。ベッドを用意しました。小学校に上がるときをタイミングに考えていたのだけれど空けておいた部屋を反抗期の上の兄弟が取り合ったりツマンナイことで延び延びになっていた。
2階の8帖部屋を一回り年上の姉とシェア、というちょっと落ち着かない配置で見切り。
http://q7ny3v.sa.yona.la/2183 |
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カタコトっぽい英語演説。内容を伝えるには十分なカタコトで、その内容はフロンティア国家の歴史と誉れを心底くすぐるモノであって。意義はあったんだろうけども、アジア向けには挙げアシ揚げたてです、みたいな。こんな攻撃的なヒトだったっけって印象が今政権で何度目かに思う。
前に総理大臣引き下がったとき大腸関係の病気だったな、フローラだ大腸フローラ。性格変わっちゃったんだよきっと。
朝起きてPCの電源入れたらCMOSの電池が切れてたときのガッカリ感。 |
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コンビニでCR2032買ってくるだけで直るのはいいこと。
昔、PowerMacG4の電池が切れたときに秋葉原をフラフラ彷徨ったのを思い出した。
「かたわ少女」v1.3jへのコメント(私家版、10k字くらい) |
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思考の泡 YouTube Amazon |
「かたわ少女」日本語完全版リリースからひと月経ってアーリーアダプターもおそらく一回りしたかと思うので、長文を書きます。
不肖オレ、日本語版の査読・動作確認等に一部関わってました。実質半年くらいしか働いてませんけども。
翻訳チームに参加してみようかと思った理由は「変な祭りに乗っかりたかったから」ですが、実際に参加した理由は「ただのリョナではなかったから」です。
非実在キャラでのリョナという嗜好を否定はしませんけど、オレ自身は別にそういうのは好きじゃないので、そうだったらわざわざ参加する意味がない。
このゲームに関してまず話題になるのはそのセンセーショナルな題名だろうと思います。
オレがこのゲームを知ったのは確かどこかの日本語ニュースサイト経由だったはずで(オレ英語読めないんです)、そこでの取り上げられ方もまずはタイトルありきのものでした。
もし仮に、題材が障害でなくて紹介のされ方も「日本の同人誌の1ページが外国の掲示板に投稿され、それに触発された非日本人が寄り集まって作られたゲーム」というだけのものだったなら、日本ではそれほど話題にはならなかったでしょうし、オレだって翻訳チームに参加するしない以前にそもそもこのゲームの存在を知ることさえなかったかもしれません。
タイトル内の語句がどうであれ、障害者との恋愛や性行為というのは一歩間違えば猟奇的に捉えられてしまいがちな題材ですが、シナリオはとても真摯な態度で(時に、「紳士」な態度で)書かれています。原文ライター側は当初「かたわ」という単語が差別的な意味をかなり強く含み得ることを知らなかったようですが、それはまた別の話ですし、ゲーム内では差別的な言い回しはほとんど出てきません(キャラの性格付けの一環として敢えて使っているケースは多少あります)。
「猟奇的に捉えられてしまいがち」と書いたのは、まさにその「がち」という部分が例え無意識にせよ自分の中に巣食っていなかったと自信を持って言い切ることができないから、という部分が大きいです。
実際、オレがこのゲームのことを知った時の反射的な印象は、どうせhentai gameなんでしょ、でした。
でも体験版の評判を聞くとどうも様子が違うので自分でもプレイしてみたら、猟奇的でもなければ24時間テレビ的なお涙頂戴でもない。
単に、disabledな状態に突然放り込まれた主人公がいて、ヒロイン達はそれぞれのdisabledな部分にそれぞれの形で折り合いをつけている、それだけのこと。普通。全く普通。こういう事態は誰にでも起こり得る。
現実の人間の話であれば、いわゆる障害者だって当然メシも食えば排泄もセックスもするし人付き合いの上手い下手や相性や好みもあるただの人間だということくらいはオレでも知っていて、誰でも知っているはず。
なのに、ギャルゲの題材として障害を使った上で恋愛だのエロだのを描いてしまうと、どういうわけか、即、不謹慎だ、重度の変態だ、と「猟奇的に捉えられてしまいがち」な風潮が厳然とあるように思います。ゲーム中のキャラの人格が全く普通であっても、です。
せいぜい、良くて敬遠。その敬という字の、なんと不敬なことよ。
中にはエロゲ/ギャルゲ畑のゲーマーでさえこのゲームには眉をひそめる人もいるようで、なんだか被差別者同士で差別しあってる気がします。そういう人は十中八九プレイしてみてないだろうとも思いますけども。これがだめならもともと全員だめなはずなんだけどな。
ただ、このゲームが「エロありギャルゲ」であること自体が問題を複雑にしているようにも思います。このゲームは、開発の経緯からしても、込められているメッセージからしても、このジャンルでなければ意味がないんですけど、この手のゲームは不健全な人がプレイするものだというイメージが強いので。でも健全ってなんだろう。
いっそ小説版があればいいのか。それもなあ。さすがに勝手にやるわけにもいかんし。
久住女中本舗というサイトに完全版のレビューがあり、もう全文引用してしまいたいくらいなんですが、とりあえず抜き出して以下を。
本作に於いて、障害というのは「今のヒロイン達」を形作るきっかけの一つであって、その障害そのものが問題になるわけではなく、「私達が誰でも抱える可能性のある問題」にこそストーリーの焦点はあるのです。
ですので、「障害」という部分を除いてみれば、非常にオーソドックスな恋愛ノベルゲームになっている、と感じたのです。
そして、それは「障害を持っているから特別なエピソードが必要なんだ」というものではなく、「障害を持っていようといまいと、俺たちは同じような悩みを持つんだ」という、制作者側のメッセージなんじゃないかな、と私は感じました。
つまり、障害があるから、それを「特別扱い」にするのではなく、その障害を「ニュートラル」に捉えていく、とでも云いましょうか。
http://gt7u9x.sa.yona.la/1508 |
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人生が1000年ぐらいあれば僕も恐れず生きれたろうに