雑
‘世界を覆うゲームレイヤを作る’ (はてブ経由) |
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雑 |
http://www.aoky.net/articles/seth_priebatsch/the_game_layer_on_top_of_the_world.htm
言わんとしていることは まぁまぁわかる。
ただ、それにコミットするのに めんどくささを感じるようではダメだろう。
"ゲーム性をもたせる" ってのも、ヘタをすると めんどくさいだけのものになったりする。
なぜ中国に押されぎみなのか |
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雑 都市 |
中国の都市、韓国の都市、と日本の都市との間には競争があって、それに負けている都市が多くなっているため。
管氏、小沢氏の討論の中に都市間の競争という考えは聞けなかった。
この時代、国力の主役は都市だろう。 中国の人口といっても、都市に集中せず各地に分散していたなら 今よりずっと弱い。 人口が都市に集中して効率が上がり活性が増すから脅威になる。
東京以外の都市は、個性化(専門店化) の戦略を取り 選択と集中を決断していかないと老化して活性が落ち 弱くなる。
それぞれの都市は、自分たちの個性と特性を見出し伸ばしていくしかない。
都市間の競争と協調、このビジョンをもっと打ち出していけばいいと思う。 高速道路無料化も、このビジョンのもとでの無料化なら有効な施策になる。 (都市間のネットワークの強化)
「7つの法則」(本) の内容は論理的だった。 win win の関係であるとか、あの内容を都市にあてはめてビジョンを練るのも有効なのではないか。 そんなことを思ったり。
flickr |
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雑 |
flickr の画像個別ページのurl に "lightbox" とつけると背景が黒の鑑賞モードになる。
http://www.flickr.com/photos/jinkazamah/2436638970
↓
http://www.flickr.com/photos/jinkazamah/2436638970/lightbox
↓ でも可。
http://www.flickr.com/photos/jinkazamah/2436638970/in/photostream/lightbox
ある意味 物語化 |
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雑感 ソシャる |
ウェブのソーシャル化は、ある意味 物語化 あるいは 舞台化or装置化(物語の) とも言える(のでは)。
ウェブがどんどんソーシャル化していくプロセスを追うのは一つの物語に付き合うようなもの。本を読むより面白いところがある。
なんといっても、ウェブリテラシーというか人側の感覚が変わっていき深化していく 変化のダイナミズムにコミットできるのがいい。
このプロセスから物語を読み取りつつ、エピソードを拾って紡ぎ それをそのまま書けばよい。
ただ そこには表現スタイルが必要。 そこが一番の問題。 それと、切り口というか入り口(発端、縁起) のとり方。
津田氏のtwitter本も、大きい物語の中の一つのエピソードを記したもの とも言える。
"コミュニケーション空間 と ソーシャル化" ってのは 時代の大テーマか...
ソシャる |
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雑 ソシャる |
" ソシャる "
>> ....... この言葉が転じて、ネットコミュニティでは、住所氏名などの個人情報を突き止めることを「ソーシャル」「ソシャる(動詞)」と呼ぶようになった。 << - (はてなキーワードより)
主役が Google から twitter や Facebook に移り変わろうとしている今、この " ソシャる " という言葉は上の解説とは違う意味を持つようになるのではないか。
上のの解説では ただの隠語。
この言葉は、"ググる" とか "tsudaる" の延長線上にきてもおかしくない。 "ググる" "tsudaる" ときて " ソシャる " 。
ソーシャルツール上での いろんな振る舞いを指す。 しかし、今はまだニュアンスは明確でなく、大多数の人にとってピンとくるものではない。
湯川氏のあのエントリーは、はぎれのいいスパッとくる記事だった。
「簡単な話だ。主戦場はソーシャルメディアの領域であり、最大の敵はFacebookである。敵の敵は味方。なのでヤフーとグーグルが組んだのである。 時代は検索の時代から、ソーシャルメディアの時代に移行したのである。それだけのことである。」
" ソシャる " が広まるのはこれからだ。
「バンドやってんだったら もっとソシャれよ。」 とか、「自信のある品物でネットショップ開いているんだったら もっとソシャらないと... ソシャるのとソシャらないのとでは全然違うよ。この時代、セールストークはあまりうけないから。」 とか。
(流行るんかなぁー。 キーワード " ソシャる " でこのエントリーが検索一位になれば まずはよしとしよう。
検索してみたとろ、約8,660件 ヒットで3位。 1位も不可能じゃないぞこりゃ うひょひょ。 1位になった日にゃー
sa.yona.la が発祥の地だ。 フォッーー !! ソシャる 取るよ。(まぁこの感覚が昔の感覚で、言葉に出すほど かっこわるくなる... つまりはそうゆうこと。) )
‘英語の時制シーケンスまとめ’ を読んで気づいたこと |
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雑 コミュニケーション ソシャる |
http://d.hatena.ne.jp/LM-7/20100731/1280536823
英語圏の人は、自分たちの言葉を世界中の人が学んでいる ということを知っているから、英語がロジカルに整理され
わかりやすい規範が示されたなら、それをちゃんと心得ておき、英語圏外の人が来たときは それに合わせるという気持ちがある。
日本人にはそれがない。 自分たちの言葉を自分たちで再整理し、一番ベイシックなところを心得ておく ということがない。
外国から人が来たなら 郷に入れば郷に従えよ、みたいな押しがあって 自分たちネイティブと同じ日本語を期待(or強要) する。
日本人のメンタリティが こうであるうちは いつまでたっても片田舎の住人だ(世界の中で)。
自分たちの言葉を再整理し、一番ベイシックなところは どこなのか を常に認識していたなら、外国から来た人との交流は変わる。 (いつでもベーシックモードでのコミュニケーションに即応できる包容力)
こうゆうメンタリティを持たない日本は まだまだ辺境の島国。 世界の中では片田舎の住人。 平易な日本語を 世界の人に全然分け与えていない。 "知識を分け与える"、"言葉を分け与える"、は 教えるということだけじゃない。 自分たちの乱れた言葉を再整理し ベーシックポジションでコミュニケーションレディーな状態で待機できる、ということも付随して始めて 分け与えるということだ。
やるよ と言ってポイッと知識を渡し、渡したあと自分たちは ヒョイと違うポジションに行ってしまう。 それでは分け与えたことにはならない(共有は完成しない)。 "知識を与える" は、のちの コミュニケーション もあって完結するもの。
"コミュニケーションの意味"、"コミュニケーションという付加価値"、 を今一度 再認識しておきたい。 慢心のある日本人にならないためにも。 (慢心はすぐに見透かされる)
はてブの傾向が変わっているはずだわ |
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雑 |
http://kokumaijp.blog70.fc2.com/blog-entry-124.html
のサイドバーを見ると、twitter の方が断然 数が多い。 はてブの傾向が変わったのも合点がいく。
かつてのブックマーカーたちは、twitter に行っちゃったんだな。
FFox の右上の検索窓から直で はてブを検索できて便利なんだけどなー。